番外編(みどりとゆうぎ)

「沈む、トリフォリウム」「人形と、純白のチューリップ」の関連作品となります。また、「沈む、トリフォリウム番外編2」の続編となりますので、この小説の前に先にそちらをお読みください。

------------------------

ーこれはゆうぎとしんげつが警察、そして世間から身を隠し、逃亡している時のお話ー

「しんげつちゃん、もう朝だよ!!!」

「ぅう…」

「いくら昨日夜更かししすぎたからって、お寝坊はだめだからね。そろそろ移動したいんだけど!」

僕はなかなか起き上がらないしんげつちゃんを揺さぶる。

「体が重い…もう少しだけ寝かせろ…。」

公園の隅っこ。昨日は腐った落ち葉と湿った土の上にビニールシートを作り出し、木にもたれかかって適当に寝た。寝心地は悪かったし、僕も正直目覚めは良くない…。

でも昨晩はしんげつちゃんと色んなお話ができたし、ぐしゃぐしゃに泣いておねだりする、素直で可愛いしんげつちゃんを見られたから満足している。

思い出す、しんげつちゃんの潤んだ瞳。僕のことがかっこよくて仕方ないって顔してた。

いつも考えているのは自分のことばっかり、自分大好き自信満々なしんげつちゃんが、僕には簡単に流されて組み敷かれて、そして僕のことしか考えられなくなってしまうんだ。

乱れた呼吸。やめろっおかしくなるなんて歯を食いしばりながら、僕に体を任せて、必死に僕を抱きしめて、何度も何度も名前を呼んでくれていた。

昨日のしんげつちゃんは特別だったなぁ。…どうせ、目が覚めたら忘れているんだろうけれど。

まぁ、僕が朝ごはん食べている間は寝てていいよ。何か食べ物を作り出そう…適当でいいか。

その時。

「気持ちの良い朝ですね!!!」

もたれかかっていた木の反対側から突然声が聞こえた。

誰かいる!?唐突なその出来事に、僕の思考と体は一時停止する。

…それは、あり得ない速さだった。

その人物は、ぶん殴ろうと振りかぶった僕の股の間を潜り抜け、後ろに回り込み、首にナイフを当ててきたんだ。勢いに揺れ、僕の首からは一筋の赤色が流れた。

「実は昨日の夜から草むらに隠れてこっそり見ていたのですよ!まさか逃亡中の殺人鬼しんげつとゆうぎが、この世界から駆け落ちしようとしている恋人だったなんて…面白いですね。しかも、記憶を見たり写真を作り出したりできるその能力は悪魔の力ではないですか?」

「くそ…なんだお前ッ…覗きなんて最悪な趣味だね!どうしてしんげつちゃんはこいつの気配に気が付けなかったんだ…。悪魔?まさか…。」

「そのまさかですよ、僕も悪魔の力があるんです。体が軽いので気配と足音も消せますし、素早く動いたり高くジャンプしたりもできるんですよ。いくらあなたの力が強くても、僕には追いつけませんね!あ、あと覗きだなんて言い方やめてください、正直見たくなかったですよ…あんなの。明るくなってから捕まえてやろうと待っていただけなのに…見せてきたのあなた方でしょう!トラウマになりますよ!」

揚々と話す男。緑色の長髪。白い衣装。灰色の瞳。人間じゃない奴に追い詰められる?最悪だ。

最悪だ!

こんなにピンチだっていうのに、しんげつちゃんはまだ寝ている。何考えてるんだ、起きたら爪を剥がしてやる…。

「ほら、諦めも肝心ですよ!僕、お腹が空いて死んじゃいそうなんです、あなた方を警察に届けられれば懸賞金がもらえます。そうすれば僕はお腹いっぱい美味しいパンを食べられますね!」

「食べ物と金が欲しいならやる、他に欲しいものがあるならそれもやるよ。」

「何をとぼけたことを言っているのですか。折角見つけたのですから…逃がしませんよ。それにこの運命はきっと自業自得です。いくら「しんげつちゃん」を愛しているからって、あんな風に心を乗っ取って体を傷つけて…自分の欲望を押しつけているからバチが当たったのですよ♪」

「…何も知らないくせに。」

「ええ、そりゃあ何も知らないので。見ていただけですからね。やですねぇ、悪口を言っているわけでもないでしょう?」

「じゃあ教えてあげる、人殺しの悪人に言葉なんて興味ないだろうし、信じなくてもいいけど。」

「その隙に逃げる作戦ですか?それとも同情を誘う作戦ですか?流石、諦め悪いですねぇ…。」

「…うん、諦めてはない。でもキミの持つ悪魔の力を前にしたら、仕方ないって気持ちにはなってる、最悪な展開だけどね。それでも、どんな手段を使ってでも、また2人で逃げてみせる。僕は強欲だけど現状を把握できない馬鹿じゃない…信じられないなら僕の服をめくって背中を見てみろよ。」

男は余裕そうにふふーんなんて言いながら、僕の服をめくり背中を覗く。でも、それが目に入った瞬間、仰け反るように少しだけ距離を置いた。

「!?…な、何ですかこの体…真っ黒!背中に穴が…。」

「朽ちてきてるんだ、肉体も魂も。僕はしんげつちゃんを手に入れるために、悪魔に魂のほとんどを渡したからね。元々神聖な体だったっていうのもあるけど、痛くて痛くて仕方ない。こう見えて自分の弱さに流されないために、意思を貫くために…必死なんだ。何が言いたいかわかる?しんげつちゃんもくたくたみたいだし、僕が暴れても人間離れした素早さを持つキミに対して意味があるとは思えない。今は…僕らの負けだって言ってるんだよ。」

「なるほど。しかし変な人ですね…そんな体で国中から追われて罪を重ねて、彼とどこに行こうとしているのですか?意外にも興味はあるのですよ?」

「…僕の消費期限はあと5日。しんげつちゃんと約束したんだ、その日、僕がしんげつちゃんを殺すって…!僕は心中するつもりなんだよ、しんげつちゃんには内緒だけど。

僕の両親はしんげつちゃんに殺された…。隠れんぼの途中にね。仕事ばっかであんまり僕に構ってくれない親だった…夜の遅い時間に3人で一緒に寝ることだけが唯一の楽しみだった…。でもやっぱり遊んで欲しくていっぱいおねだりしてさ…でもそれが、最初で最後の隠れんぼになった。

はじめはしんげつちゃんのこと、憎んでいた…それしかなかった。でも、僕はいつのまにか、しんげつちゃんに心を奪われて夢中になってしまっていたんだ。

だって、しんげつちゃんだけは…愛し方がわからない僕を受け入れてくれる。

しんげつちゃんだけは…愛され方を知らない僕を愛してくれる…!

しんげつちゃんの空っぽの心を満たせるのは僕しかいないんだ!それを叶えるためなら、墜ちるところまで堕ちていい…最低なクズだって自覚はある…。

でもお願いだ…何だってする!殺さないでくれ!僕らの約束だけは…貫かせてくれ…。」

僕は願うように叫ぶ。そんな僕を、男は落ち着いた様子で眺めていた。それから、少し残念そうにため息をついた。

「なるほど…そういうことでしたか。

恐らくあなたの悪魔と僕の悪魔は同じ奴ですね。この世界に悪魔なんてあいつしかいないのでしょう…。

あなたは魂のほとんどを悪魔に渡したと言いましたが…僕については、悪魔に人間丸々一人分の魂をあげちゃってるんです。一応言っておきますが僕の意思ではないですよ?

要するに…僕の方があなたより、悪魔に大金を渡しているということです。

僕らがここで出会ったのはきっと偶然じゃない、悪魔は恐らく僕によってあなた方の望みが壊される様を、そんな愚かな運命を見て、楽しんでいるのですよ。生きたまま警察に引き渡そうがここであなた方を殺そうが、僕があなた方を捕まえるという選択をした時点で、お二人のその約束が果たされることはないのでしょうね。」

そう言って男は、やっと僕の首からナイフを離した。安堵。肩の力が抜ける。あのまま首を切られて高速で縛られたり、しんげつちゃんを人質にされたりなんかしていたら、本当に面倒な事になっていた。

…それにしても、対価によって運命が変わる?悪魔が僕たちを見て楽しんでいる?そんな話、聞いたこともない。

「…どうしてわかるのかって顔してますが、経験ですよ経験。こう見えて500年は存在してるんです。あなた方のことは好きになれませんが、僕は悪魔の手のひらの上で踊らされることだけはごめんなんです。ああもう、関わりたくもない…!だから…そうですね、あなた方の事は条件付きで見逃してあげることにしましょう!」

「じょ、条件って?」

「記憶を覗くその力…僕に使ってみて欲しいのです。500年分全部です。」

「500年!?僕の力でできるか…いや、やる。逃してくれるなら、しんげつちゃんといられるなら、何だってしてやるよ…。」

「ぜひ!頑張ってくださいね。」

僕は男の頭に手を乗せ、力を込めた。言うことを聞くのは気が乗らないけれど、仕方ない。

…僕に選択肢はない。

「うわっ、ぐっ…」

500年も生きているなんて半信半疑だったけれど、嘘ではなかったみたいだ。

膨大な言葉、景色が押し寄せ、脳を押しつぶしていく。「僕」が流され、壊れないように必死に踏ん張ると、目と口、鼻から、真っ黒な液体がボトボトと溢れてきた。

「げほ、がはっ、あああ!!」

体中がガクガクと震える。力の誤作動、力に食い破られる…!

体がはち切れそうな感覚に、嘔吐きながら耐え、男の記憶を貪った。

そして全てを見通した僕は、崩れるように倒れた。

「ぁ…苦し…もう最悪。ほら、見たよ、見たから。それで…どうして欲しいの。」

汗と涙、黒い体液でぐしゃぐしゃになった顔を、白い服の袖で拭う。

男は嬉しそうに僕に手を差し出す。僕はその手は取らず、しんげつちゃんの隣に這うように移動し、木にもたれて座り込んだ。男は隣に座ってくる。

「どうでした?色々感想とか…!僕はお話がしたいんです!こんな機会…恐らく二度とないですからね!!!」

「…わかったよ。でも、お前の記憶、ほとんど同じ男で染まってたよ。ありすちゃんとかいう。そいつの話?」

「もちろんです♪」

それを聞いて男は鞄から一冊のノートをとりだし、手渡してきた。ペラペラと捲ると一面に絵本の切り抜きが貼られている。全部鬼みたいな顔をした王様の切り抜き。趣味の悪いノートだと思った。

…僕の家にもあったな、このお話の絵本。暴君が処刑されるつまらない話。怖くて当時は一度しか読めなかった。実在していたんだ。

「でもキミの考えとか決断には僕は共感できないね…僕がキミの立場なら、大事な彼を手放すようなことはしない…強引にでも2人で逃げることを説得する。

キミは自分の手を汚したくなかっただけ、そうだろ?」

「違いますよ、失礼ですね!記憶、適当に見たんじゃないでしょうね!?…ありすが望むならそうしていましたよ、手を引いて逃げますし、剣を持って戦いましたよ。何だってできましたよ。

…あなたも同じでしょう?「しんげつちゃん」が欲しいもので心を埋めてあげたい、そう思っているからこそ、あなたはここにいるんじゃないですか?魂を削って、罪を犯して…。

…愛している人の望みが違う、それだけのことでしょう?」

「…愛してる人の望みが違う?のか…。確かに、僕はキミとは違う強引なやり方しかできないけれど…しんげつちゃんの心を満たすために…しんげつちゃんすらも意識していない望みを叶えてあげるために必死だね。

自分を愛せるのは自分だけ。そんなしんげつちゃんの当たり前をめちゃくちゃにして、日々のつまらないなんて感情も、自己愛すらも奪って…生きていることを最高潮に…実感させてあげたい…。」

僕は拳をにぎりしめた。

「必死なのはお互い様…ですか、共感するのは難しいですが。それに僕の後先のことだけ考えるのなら、手を汚したり、いや、いっそ死んだ方がましでしたよ?

…僕は500年、迷い続けているのです。

ありすの心を、覚悟を受け入れた僕は正しかったのか。僕がありすを愛したことは、あなたの幸せだったのか。僕の覚悟は約束は、果たされたのか…他にも、沢山。これでよかったのかと…。ありすのことを想わない日はありません。

だから、長く生きていることは辛いことですよ…。

長く生きられなかった、そして後ももうないあなたに言うのは少し心苦しいですがね。

それでも言いたいのです…彼のいない世界はただただ…冷たいと。

時が流れ、生きていればいるほどに、ありすが遠くなっていくのです。

まるで、降り止まない雨に洗い流されていく様に…僕はもう、ありすの声も、匂いも、感触も…全部忘れてしまいました。僕の心にあるのは、最後に見たありすの笑顔の面影と…優しい言葉をくれたということだけ。

その言葉すらもう、何だったか…忘れてしまいました…。

僕は変わってしまいました…それでも、僕はありすが好きで、僕しか知らないありすの心を守りたくて…生き続けることしか選べないのです。自分のこともわからなくなる夜もありますよ…それでも、僕はそういう人なんです。狂っていると思いませんか?」

「…1人の人間に心を塗り潰されて突き進む、もう何も見えなくなってる僕達は狂ってるかもね。一度決めたら、覚悟しちゃったら止められない…胸が張り裂けそうな、どうしようもないそんな気持ちでしょ?

でも生きるのが苦しいなんて感情、キミと話すまでよく考えたこともなかったな…。

…僕は元々は生きることに憧れていたからね。」

「そう言ってもらえると少し心が軽くなりますね。」

「でもさ、キミも僕と同じで根性はあると思うよ、ありすちゃんのこと思い出せないだけで、忘れてはいない。この頭に全部入ってたもん。」

「え?」

僕はさっき覗いた記憶を頭の中で掘り返す。悪魔…演説する王様…断頭台…丘の上の景色…秘密の寝室…城壁…モニターに囲まれた不思議な地下…指輪…灰色のローブ…

ありのままに、その人の言葉を吐き出す。

「…みどりだけはありすを知ってくれている、味方でいてくれる、愛してくれる。それが、ありすの自由と幸せの全てだよ。

ありすもみどりを愛してる。ありがとう、心をくれて。ありすもみどりと出会って、一緒にいられて言葉にできないくらい、しあわせだったよ。」

静かな公園に澄み渡るように小さく鳴ったその言葉。

「それです…それ……。ありす…。」

見開いた男の目から、涙がぽたぽたと落ちた。それから何も言えず、嗚咽を漏らしながら俯いた彼を見て、僕は思う。

しんげつちゃんのこと、忘れるなんて、誰かに奪われるなんて、僕には到底抱えられない感情で、選べない選択だ。そんなことをしたらしんげつちゃんでできているこの体は滅び、心壊し、空虚な怒りに身をまかせ、何もかも壊してしまうだろう。

運命なんて信じていないけれど、彼には、彼にしか選べない…彼が強い決意で選んだ道があったんだ。同情しているわけではない、ただ、その道に浮かぶ空気の色は、僕と少し似ているのだろうと、そんな風に感じた。

天国にいた時。僕には他の天使の友達はたくさんいたんだ…ひとりぼっちなんかじゃなかった。それでも、誰の優しい言葉も、温かい空気も、僕の心には届かなかった。自分の心は誤魔化せなかった。大好きなお父さんとお母さんから、そして大嫌いなしんげつちゃんから目をそらすことなんて出来なかった…。膨れ上がった好きと嫌いの2つの感情、「愛されたい」。天国じゃ何も叶わない、そこで膝を抱え続けるくらいなら…!。僕が選んだ道は…その感情をひとつにして、大嫌いなしんげつちゃんを愛することだったんだ。

今、僕はしんげつちゃんでいっぱいに満たされている。愛し、愛される、こころに。

手放せないよ…キミもでしょ?

ただ、突き進む。自分のため?誰のため?何のため?そんなこと、わからない。でも、足元を見てしまったら、振り返ってしまったら、気付いてしまったらもうおしまい?。痛くて痛くて、苦しくて、もう立ち上がれなくなる?。

やまない雨の中、寒さも忘れて、ずぶ濡れになって、水たまりを踏み走る僕達は

きっと、寂しいという感情をよくしっている。

狂人という言葉は、穴の空いた傘によく似ている。

…傘、さしてあげよっか?

「待ってて、ちょっとだけ。」

「…え?」

僕はまた体に力を込める。限界まで、張り裂けそうな体を力で強引に支配する。

500年の時を超え、その嵐の様に流れるその情景を掴み取っていく。もみくちゃにされた脳内には、記憶だけでなく、この男の強い感情までもが流れ込んできた。

今は場面を切り取って選ぶ様な余裕はない。

そして僕の体から、500年前の記憶が…男の見ていた光景が、写真となって…山のように溢れ出した。

「はぁはぁ…。どう?そんなつまんないノート今すぐ捨ててさ、この写真を貼っつけなよ。500年ぽっちで忘れてどうするんだ。キミはその覚悟を抱えて生きられるところまで生きなきゃならない…僕は中途半端な狂人と一緒にはされたくないからね。」

震える手で一枚の写真を手に取った男は、写真の中のありすを何も言わずに見つめていた。それから大量の写真をかき集めるようにして涙と一緒に顔を埋める。その肩は小さく震えていた。

「ははは…はぁ…会いたかったです、ありす。そうだ、そうですよ。あなた…こんな顔してましたね…。あなたの顔を見たら、記憶が蘇ってきます。

薄れていく存在に焦がれ続けることは…本当に、辛かったです。

もうどこにも行かないで…

一人にしないで。」

顔を上げた男は、目を腫らしながらも笑っている。涙を拭い、新しいノートを取り出して、写真を貼り付け始める男を横目に、僕も写真を手に取って見てみる。

「…。」

「はぁ、こんなにもありすに囲まれてしまったら、あなたにも自慢したくなってしまいますね。ふふん、ありすの笑顔、素敵でしょう?」

正直ありすちゃんは無表情で…僕にはほとんど同じ顔に見える。興味本位で写真を漁る。

あ、面白いのみーっけ!

「ねぇねぇ、この写真見てよ、キミのありすちゃん、あんまり表情変わんないタイプだろうけど、夜はえっちなんだね!しんげつちゃんと同じ…」

男はすぐ様、僕からその写真を取り上げる。それをポケットに入れたのを僕は見逃さない。

「・・・ちょ、ちょっと!何見てるんですか、覗きなんて悪趣味ですよ!!ありすは素直で可愛いんです、僕のお姫様なんですよ!あんな変態ドMと一緒にしないでください!!」

「はぁ?し、しんげつちゃんもお姫様だよ?変態ドMは否定しないけど…うん…。あ、ノート足りないだろうから、アルバムあげる。詰め込めるだけ詰め込みなよ。」

「ふふ、ありがとうございます。

僕は…ずっと独りでした。

肯定も否定も答えもない世界で迷っていました。

でも、あなたと出会えて、初めて自分以外の人に言葉をかけられて、

ありすとまた会えて、ありすを話せて…

僕の迷いは少しだけ晴れた気がします。」

「やめてよ、僕は優しい人じゃない。今日もどうせ人殺すんだし。…そして最期は、しんげつちゃんのこともね。

ああそうだ、ひとつだけ、いい?」

「なんですか?」

「キミの記憶を全部みたけど、迷いだけじゃない、罪悪感もあった。それにキミの記憶の中にありすちゃんの「最期の姿」はない。…もしかしてそれを、後悔してるの?」

「…まあそうですね。僕はありすの最期を見られなかったのです。僕が殺した、なんて思いたくなくて、怖くて、何もかも怖くて…。遠くから…燃え尽きる城を…座り込んで…無心で眺めていたのです。」

「絵本だと斬首刑っぽいし、この時代だ…拷問もされたと思うよ。綺麗な姿なんてしてなかっただろうし見なくてよかったんじゃない?」

「それ、本気で言っているなら怒りますよ?」

「本気なわけないでしょ。そんなの見なくていいじゃない。ありすちゃん、無表情ばっかだけど、その顔はキミにしか向けていない…きっとありすちゃんもキミが辛くない方を選んで欲しかったんだと思うよ。

そういう人じゃないの?こういう目をしている人は。

…まぁ僕なら相手の気持ちなんかよりもまず、「愛する人が他人にめちゃくちゃにされるところ」なんて死んでも見たくないけどね。だから最期を見なかったっていうその選択だけは、誰のためでもなく自分のためのもの…キミの我儘ってことでいいじゃない。1つくらい自分の我儘を許してもいいと思うよ。僕なら我慢するなんて到底できやしない、ひとつもね。」

「…僕はきっと誰かにそう言ってもらいたかった…同情されたかったのでしょうね。」

男は立ち上がる。

そして何故か眠っているしんげつちゃんの方へと近づき、手を伸ばした。

「あなた方のこと、許そうとも優しい人だとも思いませんよ。だから勘違いはしないでください。ただ、あなたはあなたにしかできないことをして、僕に魂を分けてくれました。あまり関わりたくもなかったですし言うつもりもなかったのですが…少しだけ、お礼をさせてください。」

「え、何…?しんげつちゃんには触らないでよ。」

「いえ、早くなんとかした方がいいです。このままではあなたのしんげつちゃんは1日も持ちませんよ。」

「は?何言ってるの、僕が作った毒薬を飲ませたんだ、僕の好きタイミングで効いて死ぬはずだよ…。」

「その力は誰からもらったのです、あなたは悪魔に踊らされてるのですよ。自分の力ではなく、彼自身を見るのです。見えませんか?彼、人間でしょう…無理させるにしてもさせすぎているのです。毒薬が原因ではないですよ、これは恐らく栄養不足と、何より大きな疲労が原因です。

今の彼にはもう目を覚ます力がないのです。」

「え?嘘…しんげつちゃん!?しんげつちゃんいい加減起きて!!あ、朝だよ、もう…!!」

僕はしんげつちゃんの体を大きく揺さぶる。おかしい、しんげつちゃんの体がやけに重たく感じる。ぐったり、している。

しんげつちゃんが、死ぬ…?こんな、中途半端なところで!?

「い、意識がない…でもいつもなら普通に目を覚ますんだ!嘘…?」

「嘘じゃないですよ。僕はいろんな国を旅してきましたしね…過労死する人や、餓死する人なんて沢山見てきましたよ…。」

が、餓死!?餓死なんて…餓死は嫌だ、それだけは…すごく…すごくこわいんだ…

どうしたらいい、どうしたら!?

「まだ間に合うとは思います…息はしていますし。根拠はないですが…。しかしあなたに、しんげつちゃんを優しく看病することなんてできますかね?」

「できるさ、やるよ、だからははは、は、は、早く、早く教えてくれ、

僕はこんなところでしんげつちゃんを失うわけにはいかないんだ…

こいつが勝手に死ぬだなんて許せないんだよ!!!

「では…毛布と栄養水があるといいですね。冷え切った体を温めて、水を飲ませて…意識が戻ったら、食べ物を食べさせて、何より休ませるのです。あなた方は病院にはいけないですからね、自力で何とかするしかないでしょう。」

僕はそれを聞いた瞬間大量の毛布を作り出し、そこにしんげつちゃんを引きずるように動かして寝かせた。ペットボトルに入った栄養水を作り出す。頭が混乱する。ペットボトルをしんげつちゃんの口に近づけると、こぼれた水がしんげつちゃんの顔と汚れた服を濡らした。

「あぁ…あ、どうしたら…。」

「あなた、本当に優しくないのですね。と言うか不器用ですねぇ。愛し方がわからないなんて聞いて、ただのクズの言い訳かと思いましたが、本当なのですね。」

「たす、けて…しんげつちゃんが、しんげつちゃんが死んじゃう!!あああ…わかんない、僕にはできないよ…。」

焦り。息を吸っても吸いきれないような、頭が働かないような、意識が遠くような、そんな感覚がする。

しんげつちゃんが死んじゃう?しんげつちゃんが死んじゃう?

「…はぁ、何やってるのですか、…ぁあ最悪です!!!もうっ…ほっとけない自分が嫌になります…僕はお人好しすぎるんです…仕方ありませんね!!ほら、さっさとその水、貸してください。」

男は僕から奪い取るようにペットボトルを手に取り、それを自分の口に含んだ。

僕を強く押し除け、しんげつちゃんの傍で膝を折る。

それから男はしんげつちゃんの頭を抱えて顎を掴み、大きく口を開かせた後、躊躇いなく

唇を合わせた。

その光景に思わず僕は絶叫する。

「うわぁぁぁぁああああああああああああ!!!」

「まぁ、ちょっとコツがいりますからね…後は頑張ってくださいよ。僕は各国を旅しながらいろんな方法で人を助けたりもしているので、応急処置やらこういうのも、上手いことできるのです。自己流ですけど。

はぁ…なんでこいつらなんかに僕が…最悪。可愛いありすの写真を見て変態成分浄化必須ですね

「…うぅぅううう…気分はよくないけど、いや、最悪だけど、ありがと…。ぅううう…しんげつちゃんは僕が助ける。絶対…。」

「最悪なあなたに礼を言われるなんて少し気分がいいですね、なんて嘘ですけど!

…さぁ、僕はそろそろ行きますね。

犯罪者の仲間だと思われたら厄介極まりないですからね。写真もこれだけ持って帰られたら十分です。あ、残りの写真は片付けておいてくださいね。

もう二度と会うことはないでしょうけど、狂人同士…僕はあなたのことも忘れないと思いますよ、…明日忘れていたらすみません。

でも僕は…もう、ありすのことを忘れることはないでしょう…最高の気分ですよ!」

冷や汗びっしょりな僕を横目に、男はヘラヘラと満面の笑みでそう言った。

「…ぼ、僕たちのニュースでもみて笑っててよ。みどりちゃん。」

「そんなつまらないニュースを見るくらいなら、ありすを見ていますね!!!

…ではさようなら、ゆうぎ。」

僕は後ろ姿に僕は袋に入れた大量のパンを投げてやった。それを受け取り、ピースサインしたその男は、また、風のようなスピードでどこかへ消えていく。

ああもう、しんげつちゃぁ

ああん!…僕は頭を抱えた。

------------------------

…目が覚めた。

眩しい。頭が痛い、やけにガンガンするな…。昨日の疲れからか変に寝過ぎてしまったようだ。太陽の位置を見るに…もう昼前か。ゆうぎは危機管理がなっていないな、起こしてくれればよかったのに。

しかも何か変な味がする、しょっぱくて甘い。昨晩の記憶は相変わらずぼんやりとしている。気持ち悪いな、何か変な薬でも食わされたのか?

「…?」

謎のふわふわと柔らかい感触。私はふかふかな毛布に包まれて寝ていた。ゆうぎと目が合う。

は?わ、私、こいつに膝枕されているのか?

どういう風の吹き回しだ!?しかも、汚れた服も綺麗なものに着替えさせられている。

きょろきょろしていると、ゆうぎが軽いキスをしてきた。私をぼーっと見ている。

「お、おい、ゆうぎ…何か言え。なんだ、お前、目、真っ赤だな!?腫れ上がってるぞ?一体何があったんだ!?おい、そんな顔するな、気持ち悪いだろ!!私に優しくするな、鳥肌が…。」

「別に…何にもないよ…はぁ、今は猛烈にしんげつちゃんぶん殴りたい気分。」

「そ、それは…いつものことじゃないのか?」

「あー今日は一日ここで身を隠すことにするから…それより、しんげつちゃん好きな食べ物何?出すから、この不味い水と食べて。命令。

「は、ハンバーグ…?いや待て、今日のお前めちゃくちゃ気持ち悪いな!!飯なんて適当でいいだろ、ふふふ…早く体を動かしたい、今日は何人殺れるかな…」

「口答えしないでよ、いい?これはそういうプレイだから。僕のいう通りにしないと殺すよ。顔面バキバキにされたくないでしょ、ほら、この野菜たっぷりハンバーグを今すぐ食え。食ったら寝ろ。」

「そ、そういうプレイなら…仕方ないな。朝っぱらから何なんだ…。

…あ、うまいな。」

END

タイトルとURLをコピーしました