「憔悴のナルシサス」 9話(ぼく)

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「はい、これでボクの時間の旅の思い出話は終わり。

ほたるさん、旅の話聞くの大好きだったもんね…今回のはちょっと刺激的すぎたかな?」

「…。」

「信じても、信じなくてもいいからね。どちらを選んでも、もう何も変わらないよ。

ほたるさんの心も体も、未来も…全部ボクのもの。

この楽しかった恋物語も、この映画(せかい)も

もうすぐエンディングをむかえてしまうのだからさ。」

「…。」

ボク(ルキソス)の本心、過去…全てを聞かされたほたるさんはベッドの上、布団にくるまって三角座りをしたまま下を向いている。どこを見ているのかもわからない、ふわふわした視線…。表情を失った顔をしたまま、何も言わない。

ボクはほたるさんの首元に手を伸ばし、彼のペンダントをそっと外した。黄色の宝石は橙色の部屋の明かりに照らされ、より鮮やかに輝いた。ほたるさんはゆっくりと顔をあげ、そのキラキラを名残惜しそうに目で追った。

立ち上がり、ボクのペンダントとほたるさんのペンダント、2つを揺らして見せる。

「これはもうほたるさんには必要ないよね。こんなに危なくて恐ろしい物だったなんて、知らなかったでしょ。最後に割って壊してあげるね。

もしかして怒っているのかい?

ボクと戦おうだなんて思っちゃだめだよ?ボクを消そうとしたら、ボクの持っているこのペンダントがボクを別の時間に連れ去って、ほたるさんはこの世界と一緒に消えてしまうのだからね。

そんなこと…とっても怖いでしょ?あ、でも…ボクの事が大好きなほたるさんは戦うだなんて、酷いこと思わないか、そんな酷いことできないか。

優しいもんね。

大丈夫だよ、なるべく怖くないように終わらせてあげる…。

そうだね…

ゆっくり、ゆっくり時間をかけて

首を絞めてあげるよ。

さっき軽く首をしめたときのほたるさんの泣きそうな表情は格別だったからさ。もう一度見せて欲しくなったんだ。少しだけ苦しいかもしれないけれど、吐きそうになったら緩めてあげるし、最期はキスをしてあげる。

ふふ…どんなほたるさんも魅力的だよ。最高の気分だね。

これが救いなんだ。

寂しさを裏返した本当の愛なんだ…!。」

「…。」

「ボクのこと、愛しているなら言うこと聞けるよね?ボクに全てを見せてくれるよね?。

じゃあ自分で服を脱いでごらん、全部だよ。それからベッドに仰向けに寝るんだ。」

「ぁ…ふ…。」

ほたるさんは小さく小さく震えていた。歯がカチカチと鳴っている…。浅く早い呼吸で、震える手でポンチョのボタンに手をかける。

「いい子だね。」

そっと頭を撫でると、驚いたのかビクリと跳ねた。何とかボタンを外し胸元を顕にしたほたるさんは、ポンチョを握りしめながらかすれた声を絞り出した。

は、ぅ…脱ぐ…全部、脱ぐから…待って。体が、うごかないよ、うまく…うごかな…。

「いっぱい頑張ったね。うん、それでも大丈夫だよ。そのままベッドに寝転んで。」

ボクもベッドにあがり、向かい合ってほたるさんの頬に触れる。近づく距離、真っ直ぐに目が合って…そしてほたるさんは感情を取り戻したかのように

大粒の涙を溢れさせた。

咽び泣く愛しのキミの肩を押しそっとその体を倒す。

…その時

ボクの体に衝撃が走った。

ほたるさんが突然ボクの体を強く蹴り飛ばし、勢いよく立ち上がったんだ。

ほたるさんは振り返り、窓際に飾っていた花瓶を片手で掴みとった。生けていた八重咲きの白い薔薇と、入っていた水は零れて床に無惨に叩きつけられる。花弁が数枚千切れてベッドにひらりと落ちた。

ほたるさんはその花瓶を高く掲げ、床に叩きつけた。

フローリングとぶつかって花瓶は大きな鳴き声を上げて砕けた。

突然の変貌と割れた花瓶に、ボクの思考と視線は奪われ…ボクはペンダントをひとつ、床に落としてしまった。ガラスの重なる音…ペンダントは割れた花瓶の破片の上に落ちたらしい。

ほたるさんは必死の表情で片手を伸ばし、落ちたペンダントと手のひらくらいの大きさのガラスの破片を拾いあげた。

はぁはぁ…るきそ、さん…。

力の加減を忘れた様に、落としてしまいそうな程にガクガク大きく震える手で、ガラスの破片とペンダントの革紐を握りしめている。握りしめた破片は皮膚を深く切り、手のひらを赤く染めている。

血は、ペンダントへと伝っていく。革紐、宝石へと流れ、ぽたぽたと落ち、ベッドに染みを作った。

流れる涙と血。

痛みと感情、荒い呼吸を必死におさえるように歯を食いしばって。

瞼を見開き、ピンク色の瞳で睨みつけている…

そんなほたるさんを、ボクは呆然と見ていた。

しにたくない…

ぜったいに、にがさない…

ルキソスさんを…

過去になんていかせるもんか!!!

ガラスの破片を自身の首元に向けて、ほたるさんはうわずった声で叫んだ。

おやおや。ほたるさんったら。これから死ぬことを自覚して、怖くなって、勢いで行動しちゃったのかな…?。そんな哀れな姿も愛おしいと思いながら、ボクは宥めるように優しい笑みを浮かべて見せた。

「ぁあ、そんな痛いことしちゃって。落ち着いて、ゆっくり呼吸をしてごらん。こんな状況でその宝石の力を使うだなんて、臆病なほたるさん(ボク)には無理だからね…。ボクを信じて身を任せた方が、怖い思いをしなくて済むと思うよ。」

「ルキソスさん、どうして…?どうしてぼくには無理だなんて思うの…?

そんなにも「ぼく」のこと、臆病だと思ってるの?

確かにぼくは繊細で不器用だし、心配事や嫌なことがあるとずっとうじうじ気にしてしまうこともあるけれど…それでも今は、今だけは流されたくないって…ぼくは弱くなんかないんだって、強く強く思っているよ。

ねぇ、無視しないで、ぼくの気持ちを聞いてよ…。

「うん?、聞いているよ。」

「…ぼくは!ルキソスさんを心から愛していたよ。愚直にきみを愛していたんだよ?。

きみと一緒にいること、当たり前みたいに思い込んで、愛し愛されることも日常の一部としてぼくに溶け込んでたよ…。

でもルキソスさんは、ぼくの人生も、人格も、思い出も、恋心も全部つくりもので、にせものだなんて言うんだ。

こんな酷いことを言う人がぼく?こんな酷いことをする人がぼく?

信じたくない、信じたくないのに、きっと本当のことなんだって、信じなきゃって思っちゃう。旅の話を聞いて…気持ちを想像してなぞらえたら、何となく感じたんだ、ルキソスさんが…ぼくのありえた未来の姿だったんだってこと。

偉い人も人気者も、優しい人も強い人も、良い人も悪い人も…皆心の中は秘密でいっぱい。

でもぼくはルキソスさんの気持ちは深く感じられるよ。伝わってくるよ。

心の中の寂しさも、全部。わかるよ。

…ルキソスさんはきっと、愛し合う幸せも優しい心も勇気も

愛を失う時の寂しさも悲しみも

期待を裏切られたときの悔しさ、やるせなさも

みんな忘れちゃったんだよ。

わかるよ、わかるけど…

ごめんね

ごめん

すごく、気持ち悪い…。

こんなの知りたくなかった

見たくなかった…

簡単にぼくを傷つけて、弄んで、ぼくの大事なもの全部潰して…

こんなにも悲しい気持ち、押し付けられてしんどいよ。

きみなんて…妥協と劣情に流されて逃げているだけだと思う。

そんな心を宿したきみのこと、好きなのか好きじゃないのかなんて今はわからない、この気持ちをどう処理すればいいのか頭が追いつかない…。迷ってるそんなぼくも悲しいよ。

でもね、無償の愛なんてないんだよ。好きな人を傷つけていい愛なんてないから。

もうきみのこと

好きだなんて言えない。

そしてほたるさんは、自らボタンを外して開けた首もとに向けて、躊躇いもなく、ガラスの破片を振り下ろした。

握りしめた宝石、光が爆発するかのように広がった。

まずい、もう1人のボク(ほたるさん)にボクの世界を奪われるかもしれない!?

時間を巻き戻される!?ボクが消される!?

何が起きてる、一体、なにが!?!?

今まで出会ったほたるさんは誰も…こんなことしなかった、できなかった!

なのに、どうして?どうして?何が違うの?

どうして目の前にいるこのほたるさんは、こんなにも勇気があるの?

だけどふと気がつく…

愛と衝動に任せて炎に飛び込んだボクも、ペンダントを握りしめて海に飛び込んだボクも

ボク(ほたる)だったんだって。

ボクは慌てて、隠し持っていたナイフを自分の胸に振り下ろす。

2つの宝石の力がぶつかり弾け

景色がぼやけ、辺り一面が黄色に染まる。

家具は浮き上がり、壁は曲がり、崩壊する…空間がそれぞれの力に引き寄せられ、奪い合う様に歪んだ。交わった宝石の力は暴走し、体ごと強く引っ張られる。荒れ狂う強風に打ち付けられ、ボクの黒と白のコンタクトレンズがポロリと落ちた。

「ぁ…。」

踏ん張りながら手を伸ばした。ボクを装うための道具を拾うために。

だけど、あぁもう…風に煽られ、手が震えて、上手く拾えない。

早く拾わないと、無くしてしまう。

はやく、はやく…。

けれど慌てる程に上手く拾えなくて

まぁいいかって諦めたら、少しづつ虚しさが芽生えてきた。

…こんなにも必死になって、ボクは何を守ろうとしているんだろう、なんて。

「…。」

そして思い出していく、奥底に隠したぼくの本当の気持ち。「寂しい心と愛情」「好きな人と一緒にいたかった」「居場所が欲しかった」そんな色々な気持ち。

しんげつさんとご飯を食べたあの時、突き動かされる程に憧れた「自分を愛する」ということ。なのにどうしてぼくはほたるという本当の自分を脱ぎ捨てて、全く違うルキソスになってしまったのだろう。

…理由は、わかってた。

しんげつさんがぼくに教えたのは自分を愛する方法ではなかった。きっと違った。

それは、本当は

愛したくても愛せない自分を

殺す方法だったんだ。

言い返せばよかった、「諦めの悪い死に損ない」なんて言われて、確かにぼくは傷付いていた。そんな自分を愛したり、誇ることなんてしたくないに決まってるだろ?。そんな救いようのない自分を肯定して、それを強さだと思ってしまったら、おしまいじゃないか。ただ、悲しいだけじゃないか。

でも、それでもいいかと思ってしまった。悪魔の囁きはどこか心地よかった。

だって自分のいい所を見つけて愛することよりも、とっくに分かっている自分の嫌いな所を刺す方が、簡単で、直ぐに楽になれる気がしたんだ。

ぼくはさくらさんの様に偉くもないし強くもなれない、みどりさんや王様のように優しくもないし強くもなれない、しんげつさんみたいに人気者でもないし強くもなれない。簡単に自分を認めて受け入れることなんてできないんだ。

「自分なんて愛せない」、そのことを受け入れて沈んでしまった。だからこそぼくはそれを確かめるように、何度もぼくを愛し、何度もぼくを殺したんだ。自分を痛めたり偽ったり誑かすことに優越感を得て、何も感じないことに気持ちよくなってしまったんだ。ぼくを否定し続けて、心を零しながらも孤独に踊り続けてしまったんだ。

どぼどぼ沸き立つぼくの心…

「どうしてあいしてくれなかったの?あいされたかった、守ってほしかった。」ぼくがぼくに言う。ぼくはぼくに立ち向かえなかった。「大丈夫?寂しかったね、辛かったね。頑張ったね。」なんて言って抱きしめてあげる勇気…そんな心をどこかに置いてきた。

どこで無くしたの…。一体どの時間に、時代に落ちているの?

返して…。

ぼくにもどりたい。寂しいよ。

わかってる、時間を巻き戻して取りもどせるものじゃない。

色んな色を混ぜて灰色になった心の色は簡単にはもどらない。

その色を

自分の色として

受け入れるしかないんだ。

そんなこと…もう、無理だよ…。

瞬きを忘れて乾いたピンク色の瞳。ぼくはよろめいて、重力に押しつぶされるように地面に崩れ、倒れた。恐怖心に突き動かされ、必死に起き上がろうと思った。だけど…もう力は入らなかった。

その時、黄色の世界の風が止んだ。

徐々に元の部屋の風景に戻っていく。

見渡すと辺り一面の景色が無彩色に…灰色に変わっていた。

視線を落とすと…2つのペンダントの宝石も砕けてその色を失っていた。

「ペンダントが…そ、そんな…。」

「…。」

もうどの時間にもいけない…ボクは何も考えられなくなった。ボクの隣に立っていたほたるさんは、窓をあけて空を見上げた。

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必死だった。ぼく(ほたる)は負けたくなかったんだ。悲しくて悔しくて離すもんかって、しぶとく抵抗して立ち向かって、抗わなくちゃって思ったんだ。ぼくにもきみにも、この世界にも、宝石の力にも。

きっと強がりじゃない、自分を諦めた訳でもない。…そうじゃない、はずだよ。ぼくだって幸せになるために生まれてきたのだから。

ぼくはルキソスさんの存在も、ルキソスさんと過ごした楽しかった思い出も悲しかった思い出も、今抱いている感情も、過去も、全てを…ありのまま受け入れることにしたんだ。

偽りの世界の偽りの存在だっていいんだ。ぼくはここにいる、ぼくはぼくなんだ。

…そんな風にぼくの存在も運命も悲観せず、堂々と認めてあげることにしたんだ。

それがきっと、…きみに振るえる、唯一のつよさだと思ったから。

ぼくを救える、唯一の方法だと思ったから。

ぼくは絶望しきった表情で座り込んでいるルキソスさんの前を通り過ぎ、ガラリと窓をあけてみた。

白い月が見えた。ぼくたち以外の物が、いや世界そのものが色を失い灰色に染まってしまっている…。誰もいない、風も吹かない。くんくん…なんの音も匂いもしない。雪の粒が振り落ちることなく空中に止まっている。そっと触れると、指先で冷たく溶けた。

ぼくはルキソスさんの元へと向かい、そのついでに色を失った2つの宝石の欠片と、革紐をそっと拾ってポケットにしまった。お母さんがくれた、大切なお守りだから…。

「ルキソスさん、憶測だけど…きっとこの宝石の力が暴走して、壊れちゃって、この世界の時間が止まっちゃったんだよ。ぼくたち以外の人は皆消えちゃったかも…。詳しいことは確かめてみないとわかんないや。」

「こわい…こわい、うぁ…あ…。」

息をもつれさせて戸惑うルキソスさんの手をとった。

「ルキソスさん、怖くないよ。だってひとりじゃないからね、ほら、ここにぼくがいるよ。」

震えるその手を包み込む。

「ひとりぼっちにはさせないよ。ぼくはいつだってルキソスさんの味方だよ。

ルキソスさんを置いてったりしないから。

だからずっと大好きでいてね。」

「ほたる…さ、ん…。」

「そうだ!ふたりでこの灰色の世界を探検しよう、きっと楽しいこともあるはず!。ふたりで探せば、色々見つかるかもしれないし、おはぎが落ちているかもしれないよ。」

ルキソスさんを強引に立ち上がらせる。ボクはピンク色だったお気に入りの三角帽子を被った。手を引いて、外へ出る、いつもふたりでお散歩するみたいに歩きはじめる。

わらう。昨日と同じ歩幅で。

薄暗い、でも朝でも昼でも夜でもないような新鮮な景色…意外と怖くはないかなぁ。

手を引かれてふらふらとついてくるルキソスさんはどこか上の空で、蛍の光の様なピンク色の瞳を揺らしている。歩きながら、ふとルキソスさんの手を離してみると、置いていかないでと呟いてから、何でもない平気だよ、と言い直して微笑んだ。

沢山歩いても、疲れやしんどさ、辛いお腹の減りも感じなかった。不思議だねと、笑いかける。

そして色々な所をまわってから、思い出の泉にたどり着いたとき、ついにルキソスさんはもう歩けない…とわんわん泣き出してしまった。心が痛い、寂しい、自分がわからない、…と嘆いていた。

「ルキソスさん元気だしてよ…そうだ、気持ちいいことして埋めてあげよっか?。えへへ、少しは楽しくなるかもしれないよ。」

「たすけて…。」

ルキソスさんを灰色の木の幹に押し付けた。弱々しく震えるルキソスさんの唇を不道徳な味のするキスで塞ぐ。

そして硬い土の上に冷たい空気と一緒に押し倒したんだ。

簡単にぼくに体を奪われちゃったルキソスさんを見下ろす。紫色の長い髪が絡まって、荒い呼吸と一緒に乱れていく。

「ルキソスさん、きもちいい?」

「…ァ、…、ぁ…うん。」

動きに合わせて唇の端から息を漏らすルキソスさん。ふときみのことを「ほたる」なんて名前で悪戯に呼んでみれば、恐怖と快楽に潰されて、「ごめんなさい、すきで、ごめんなさい」って大きな声で喘いじゃうんだ。

「まだ、さびしい、たすけて…」と、身をよじらせるルキソスさん。

心にあいた穴は埋まらない…知ってる。ルキソスさんが少しずつ壊れていることも知ってる。

「大丈夫だよ。旅をしていたらルキソスさんの寂しさを埋める方法も見つかると思うよ。きっと遠い遠い所にあるんだよ。一緒に探そうね。」

そんな事を言って、ぼくはまた嘘をつく。泣かないために。打ちひしがれてる心を全部飲み込み、いつだって微笑み続けるために。

冷えて凍えた恋心。きっとぼくは優しいシャーベット。思い出の詰まった大好きな人の温もりを感じて小さく笑う。空っぽの心をぎゅっと押し付けて、その熱を奪う。自分の心をあたためる。

観客のいない映画館、スクリーンの中、誰にも観られることのないぼくたち。2人の小さな足音だけが木霊する世界を隅々まで歩いていく。知らない国。もうずいぶん遠くまで来たけれど、ずっとずっと繋いでいる手…お互い、薬指の指輪だけは外せないでいる。

きみはぼくだけの王子様

寂しがり屋な王子様

紫の綺麗な付け毛も全て失って、汚れた服を着ている、自分の名前も言えない王子様

…だけどついに王子様は繋いだ手を自ら解いた。もう歩けないと口角を僅かにあげて見せた。

「ほたるさ、もう、おいていって…。こころ、いたくて、しびれているんだ。」

「でも!ルキソスさんのこと、こんなところに置いていけないよ…おんぶ、してあげるから。」

ぼくが話し終わる前に灰色の地面に横たわったルキソスさん…白い肌と、白い髪が灰色の地面に溶けこんだように見えた。

枯れた色をした瞳は、どこでもない空中へと向いている。

「…。」

「…そっか。じゃあ、ぼく…先に行くね。」

ぼくは背中を向けて歩き出した。

別にきみがいてもいなくても同じだよ、ぼくもこの世界も何も変わらないはずだよ、とぼくにいう。

こんなにも広い世界。ひとりでどこへ向かうの?、とぼくにきく。

結局ぼくは足を止めて…立ち止まった。

もやもやする心の中を覗くためにそっと、振り返る。

置き去りにしようとしている「彼」はだれ?、とぼくは心に尋ねる。

(きみは…。)

唇を噛み締めた。

きみは…ぼくの知らないぼく

醜くて気持ち悪いぼく

打ちひしがれて、壊れたぼく

もう誰にも愛されない、必要ともされない

救われない、どこにも行けない

ひとりぼっちのぼく…

見捨てられないよ…

きみを捨てたらきっとぼくは心の半分を無くしてしまう…そんな思いにも駆られて

ぼくは

夢中できみのもとへ走った。

きみの力の抜けた体を強引に起こして、指が服に食い込むくらいに強く抱きしめた。雪に埋もれて冷えたきみの体を温めるように…。ぼくの温もりを伝えるように…。

忘れていた涙が溢れた。

枯れたきみに、悲しみと怒りの奥に隠していた素直な気持ちを伝えた。

「憔悴したきみの姿をみて、ひとりぼっちの寒気を感じて…

やっと、心から受け止められた。

きみも、ほたるなんだって。

ぼくなんだって。

もうきみはきみ自身に言ってあげられないのかもしれない…寂しかったね、辛かったねって、受け止めることもできないかもしれない…でも大丈夫。

ぼくはまだ、きみの無くした心を、勇気を、持っているから。

ぼくは全部愛してあげられる、受け止めて感じてあげられる。

ほら、この胸の中にあるんだよ。

一緒に使おうよ。」

ぼくの心でぼくを救う。欠けてしまったパズルのピースをふたつ重ねて、ひとつに合わせる。ふたつの体で、ひとつの心を温めて、心のシャーベットを溶かす。

「立てる?いこうよ。きみとまた歩き出したいんだ。」

「うん。すこし、らくに、なった。」

「よかった…。」

何とか言葉を絞り出したきみの、温い涙を拭ってから、また手を繋いで進む。

旅をしていると色々なものを見つけられるね。きな粉なのか餡子なのか分かりづらいおはぎも、地味な色ばかりの洋服も、楽しみがいがあって案外悪くはないかもね。

…ぼくたちのしあわせを探そうよ。

でもきっといつかはぼくたち、歩くこともできなくなって、旅が終わってしまう時がくるかな。きみはその時どうしたい?ぼくはふたり身を寄せ合って、憔悴した心も重ね合わせて一輪の水仙のお花になれたら嬉しいなって思ってるよ。きみもそうかな?

そして、幸せな思い出も、悲しい思い出も

ぼくとぼくが巡り合った運命も、綺麗に咲かせてしまおうよ。

和菓子屋さんで見つけたおはぎを半分こして、並んで腰を下ろし、灰色の雪景色を眺めた。

「おいしー、これ、すき!」

「おいしいね、ぼくもおはぎ大好きだよ。え、きみ、もう全部たべちゃったの?早いなぁ。」

「たのしい、はいいろ、そらみて、きれー」

「うん、あと、いつも雪見られるのも楽しいよね。雪だるま作ろうよ。」

「ゆきだるま!」

どこか幼い笑顔で笑うきみ、ぼくの片割れ。

大好きだよ、ぼくも、きみも。

…ここはぼくだけの世界。

ぼくだけの心の世界。

白い月の下、旅は続いていく。

この冷たい世界と目を閉じて

「しあわせだったね」って眠るまで。

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