「憔悴のナルシサス」 8話(新月のよる)

今更ぼくは何を守りたいのだろう。こんな偽物の世界で、何を頼りにして、何を支えにすれば?どうすれば生きていけるのだろう?

この孤独と心を救えるのだろう…。

城を後にしたぼくは、行き交う人の真ん中でペンダントを握りしめた…。

「ねぇ、お母さん。ぼくは悪い子だよ…。」

そっと呟く。

そしてぼくはナイフを自分に向けて、行き場のない心を爆発させ叫んだ。乱暴に、はちきれそうな思いをぶちまけた。

居場所がほしい。

助けて欲しい。と。

(運命はいつだって、ぼくの味方をしてくれない…。)

震える手、ナイフが皮膚を掠めようとした時…またペンダントは輝いた。

ぼくを新しい景色へと誘う…。誘う…。

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ハッと目が覚める。

そして目の前に広がる未知の光景にぼくは思わず「うわぁあ!」なんて、まぬけな声を上げた。

城よりも高い、四角の建物がいくつも建っている。その建物には数え切れない窓がついていて、それぞれが眩い光を放っている。

振り返れば大きな大きな写真や、動く写真もあって綺麗なお姉さんが何かを喋っている…。周囲には鉄の塊が物凄い速さで走っている。色々な音がザワザワと混ざりあっている。固くて黒色の地面には不思議な白の横縞模様…。

眩しくて月も、星も見えなかった。

想像を超えた未来に飛んできたことはすぐに分かった。(ここが電光掲示板や高層ビルに囲まれた大都会の交差点の真ん中であることは、分からなかったけれど。)

ぷっぷー!!

なんだろう。いくつものカラフルな鉄の塊?がぼくの周りにいる、大きな音を鳴らしている。生き物かと思ったけれど、よく見ると中に人が入っている?

え?何が起こっているの?

あたふたしていると、誰かがぼくの元へと駆け寄り、強引に手を引いて走り出した。

「うわっ、何?」

「ついてこい、こっちだ。」

ぼくの手を引き、前を走るのは、大きなマスク(白色)と黒色の大きなメガネ(サングラス)をかけた男の人。

そしていくつかの曲がり角を進み、明かりの少ない細い道にやってきた。少し周囲を確認したその男の人は「誰も追ってきていない、もう大丈夫だろう。」と呟いた。

それからぼくにぶっきらぼうに「お前…事故起こすどころか下手したら死んでいたぞ。酔っ払いめ。…タクシーを呼んでやる。自分で帰られるか?」と聞いた。

「え、あの…ど、どういうこと?帰るところ…は無いよ…。ここがどこだかも、わからないんだ、ごめんなさい…。」

「…はぁ?お前酒の匂いしないな。ちょっと待て…。」

男の人は皮でできた黒くて四角い鞄から、小さな紙を取り出し、何かを書き出した。

「ほら、地図を書いてやったぞ。ここの交差点のところ真っ直ぐ行ったら交番があるから、そこに行けばいい。」

「ここを真っ直ぐだね。ありがとう、お兄さん。」

ぼくはその手書きの地図がかかれたその紙を受け取り、男の人が指をさした方向へと歩き出す。広い道にでた。このまま真っ直ぐか…。

ぷっぷー!!

また鉄の塊に鳴かれる。その音を聞きつけたのか、さっきの男の人が慌てて駆け寄ってきた。手を引かれて、また細い道に戻される。

「お前!!信号わかんねぇのか!?ほら見ろ、あれが信号だ。赤色の時には渡るな、死ぬぞ。なんなんだ…。」

「ご、ごめんなさい、でも景色が眩しくてごちゃごちゃしてて全然わかんないんだ…どれがしんごう?。あの…実はぼく、過去から来たんだ。」

眼鏡ごしにもわかる、男の人の呆れ顔。

「はぁ…仕方ねぇな。交番まで連れて行ってやろう。一緒に中には入ってやらないからな…。ふぅ、仕事終わりに面倒なのを捕まえてしまったな。…お前、何か持ってるか?身分証とかあるのか?」

「みぶんしょう?何も持ってない…。持ってるのはペンダントとナイフだけ。」

「ナイフ?危ないものは持っているんだな。」

男の人はぼくの見せた折りたたみ式の小型ナイフを手に取る。

「刃をロックする機能のない金属製の折りたたみ式ナイフ(肥後守)なんて今どきどこで手に入れたんだ…。ポケットの中も本当に空か…携帯も財布もない、本当にこれしか持っていないのか…?」

「うん、ないんだ。こんなに未来に来たのは初めてだし、この時代にはぼくの家も帰る所も…本当に何にもないんだ…。多分調べられたら怒られて殺されるかも。でも、元の時代にも居場所がなくて、ものすごく寂しくて…帰りたくもないんだ。」

不安で涙が溢れてくる。

「殺される、か。ふん、お前の事情は分からないが…、たまたま明日は1日空いているし、つまらない毎日を濁す退屈しのぎにはなるだろう。ここまで関わってしまったら放っては置くのももったいないしな。そのナイフをくれるなら、適当な飲み屋で話でも聞いてやる。食い終わったら自分の時代(うち)に帰れ。…どうだ?誘いにのるか?」

「ほ、ほんと!?一緒にいてくれて、話まで聞いてくれるのかい?行きたい!」

「丁度腹も減っていたしな。お前名前は?」

「ほたる…。」

「ほたるか。」

男の人は眼鏡とマスクを外し、ニヤリと笑った。ギラギラ眩しい夜が似合う整った顔立ち、サラサラの黒い髪が風に靡いている。

「私はしんげつ。モデルをしている。」

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しんげつさんに連れられ、いい匂いのする店に入る。店に入ると少し若い女の子達が黄色い歓声を上げながらしんげつさんを囲んだ。しんげつさんはにこやかに握手に応じ、「ありがとうございます、あ、でも店に迷惑かけるといけないですからね。」なんて言いながら会釈している。

(…え?この人、有名な人なの??????????????)

店員さんと何やら話をしているしんげつさん。それから、案内されるがまま個室の席につき、向かい合って座った。

「ここは時々来るんだ。この辺りは1人では入り辛い上に、人の多い居酒屋ばかりだからな…。ふふ、私は酒が飲めないから、個室もあって美味い飯だけ食わせてくれるこの店は気に入っているんだ。店長もいい人だしな。ほたるは酒は飲めるのか?まぁ、そういう気分じゃないか。何にしよう…ここはもつが美味いからな…もつ鍋でもつつくか?」

「お、おまかせするよ…。」

「じゃあそうしよう。飲み物はウーロン茶でいいよな。それとも緑茶がお好みか?。」

「緑茶…緑茶好きだよ。あたたかいの…。」

「そうか。私は…アイスティーにしよう、いや、たまには〇ーラやらカル〇スやらを飲んでみようかな…。」

それから入ってきた店員さんに料理の内容を伝えて、仲良さげに話しだすしんげつさん。

少し緊張しながらキョロキョロしながら待っていると、「慌てずとも鍋はすぐに来る。」と、小さく笑われた。

…。

グツグツ…にんにくと味噌の香り。ニラやキャベツ、野菜のたっぷり入ったお鍋から溢れそうなもつ鍋。1品料理のだし巻き玉子も、明太子も、サラダも、冷たいお豆腐も、白ご飯も…全部美味しくて夢中になってもぐもぐ食べた。

「…で、ほたる、過去から来たとか言っていたが。悩みがあるなら聞いてやる。」

ぼくは小さな声でぼそぼそと話し始める。

「…ひとりぼっちなんだ。ぼくは間違えたことをしてしまったんだ。大切な人も失って、一緒に居られなくなって…この世界のどこにも居場所がないんだ。ぼくの名前も、存在も、どこにもあってはならなくて、死ぬこともできなくて、弱い自分が嫌になって…遠いところに行きたいって願ったらこの時代に飛ばされた。

悲しいんだ。

この不思議な力のことも何も信じて貰えなくてもいい…ただ、誰かと一緒にご飯を食べられることがこんなにも幸せだったんだって、思い出せたことが何だか嬉しい…。ありがとう。」

「礼はいらない、私が好きでやったことだ。なるほどな、大切な人を失い…居場所がない、か。」

「ごめんなさい、暗い話しちゃって。」

「私は暗い話を聞くつもりでお前と飯を食うことにしたんだ…ただな…。私ではほたるに良いアドバイスはしてやれないかもしれない。」

「い、いいんだ。気にしないで!しんげつさんに失礼だよね、人気者だし、しっかりしてる優しい人なのに。居場所がないとか変な話、だよね…。」

それを聞いたしんげつさんは、少し考えてから箸を置いた。

「…誰にだって見えない闇や悩みはある、寂しさや孤独なんてそこら中に落ちている。言葉の裏にも隠れているものだ。ほたるのそれも…私に無縁な話でもない。だからこそ、良いアドバイスをしてやれないんだ。私にも解決策がわからないからな。私流の、孤独の誤魔化し方なら教えてやれるが。参考にはしない方がいいかもな…。」

「誤魔化し方?」

「自分を愛することだ。

何もせずとも誰かから必要とされて愛されて、居場所を与えられる様な奴をいちいち羨むな…あんな奴らは少数派、たまたま恵まれているだけだ。私やほたるの様に本質的に孤独と仲がいい奴は、自分の居場所は自分で作るしかない。皆そうやって誰かに気を使ったりしながらも、自分の居場所を切り開いて守っているのだろう。

ただ、それすら許されないならば。他に興味を持てるものもなく、居場所を作る隙間もないのならば。

…自分を愛して、自分の心を居場所にするしかないと思わないか?。」

「でもぼくは、自分のことなんて好きになんてなれないな…どうすれば、しんげつさんみたいに自分のことを愛せるの?自分を変えられるの?もう…全部開き直るしかないの?。」

机の上で組んでいた手をぎゅっと握り、少し困った顔をしたしんげつさん。変なこと、言っちゃったかな。なにか言おうとした時、しんげつさんは何かを思いついた様にふふっと笑った後、

まるで別人の様な悪い笑顔を見せた。

「面白い事を言ってくれるな…こんなにも抑えて、退屈を堪えて生きているのに…我慢できなくなるじゃないか。ほたるは飢えた獣に自らの肉を差し出して私をあやしてくれるらしい。」

「しんげつさん、何か言った?ど、どうしたの…?。」

明かりが反射してしんげつさんのキラキラしていた瞳に長いまつ毛の影が落ちる…確かに目の色が変わった…。

そしてしんげつさんは小さいけれど重々しい声色で、こっそりと切り出した。

「…諦めの悪い自分を愛する、というのはどうだろう。

お前は大切な人を失って、間違ったこともして、存在すら許されないほどに追い詰められている。それでもグジグジ悩んでは、まだ漠然とした光を追っている。

上手い飯を食って、足掻いている死に損ない…そんなお前のしぶとさはお前の強さそのものだ。

グジグジするなんて勿体ない、誇って、愛してしまえばいいんだ。

簡単だぞ?新しい名前でも付けて、新しい自分に生まれ変わる…なんて方法はどうだ?

そうして、やっちまった間違いも、認めたくない境遇も…気に入らない自分も感情も、過去も全て捨ててしまえばいいんだ。認められる自分だけを残せば、心から惚れてしまえるだろう?。

なぁに…安心しろ。そんないけない子はいつか誰かに裁かれる。

…どこで知ったのかは忘れたが、こんな感じの話があったな。

他人を思いやれない男が水面にうつる美しい自分の姿に恋をしてしまうんだ。その場から動くことも出来なくなり、そいつはそのまま死んでしまう。そしてその体は水面を覗き込む水仙の花に変わった…。その男の名前がナルシストの語源らしい。

ふふふ、それくらい己に、己の罪に溺れてしまえば…お前も花になれるかもな。」

しんげつさんはどこか楽しそうに、またお料理を頬張りはじめた。ぼくももそもそと食べ始める。

「…しんげつさん、ありがとう。少し、心が軽くなった。」

「礼は言わない方がいいぞ、最高の相談相手に当たってしまったな。

ああそうだ、この店の上の階には美容室があるんだ。この店は朝までやっているから、私とくだらない話でもして時間をつぶして、その美容室で見た目を大胆に変えてから、元の時代に帰ればいい。未来のおしゃれは皆からの注目を集めるだろう。…本当に過去から来たのかは知らないがな。ほら金はやるから好きに使え。」

そう言ってお札を5枚握らされる。

「ありがとう。」

「飯も好きなだけ食えよ。休日はやる事が無くて暇なんだ。この世界はつまらないことばかりだ…使い道のない金だけ有り余っていくしな。」

この時代のことを教えてもらったり、男もお化粧をすれば雰囲気を変えられるんだ…なんてしんげつさんの好きなおしゃれの話や紅茶の話…色々な話をしていると、あっという間に朝になった。

店を出るとしんげつさんは「…楽しかった。お前は私の子分だな。またな。」と軽く手を振って、どこかへと歩いていった。

ぼくはしんげつさんにもらったお金を握りしめて、ドキドキしながら美容室へと向かう。お金を全部渡して、「新しい自分になりたい、王子様みたいに生まれ変わりたい」と話した。

紫の長い髪、まつ毛を取り付けてもらっている途中、美容師さんに元いた時代の王様のお話をしてみたら、店の奥から「似た話がありますね」と、絵本を持ってきてくれた。とある国の革命を描いた絵本の内容はぼくのいた国の出来事そのままだった。

(今いるこの世界は反乱が起きた500年後、だったんだ。)

夢中になって読んでいると、「その本はプレゼントしますよ」と微笑まれた。

皆が振り返る綺麗な長い髪は、心と体を痛めて青白くなった肌によく似合っていた。その肌に優しいお化粧をしてもらい、左右で色の違うガラスを目に入れれば、もう別人。目をぱっちりあけて、胸を張って歩けば、そこにいるのはもう、かっこいい色白の王子様だった。

古い自分を捨て、新しい自分に生まれ変わったぼく。

少しだけ晴れやかになった心。

やっと

やっと前を向くことが出来た。

ここにぼくがいる。

愛すべき存在、ボクがいる。

それが、嬉しくて、嬉しくて!

そんな自分に変われた「自分」のことを存分に褒めてあげたくなった。

ごうごうと走る鉄の塊…車の前へと飛び出せば、ペンダントは輝いて、ボクはまた時間を超える。景色は回る、もといた時代、国、へと舞い戻る。

泉のほとり。水面にうつる自分の姿を覗き込む。ボクは笑っていた。泣きながらも笑えていた。

「あはははは…やっと、やっとボクの寂しい心を埋める方法を、ボクが幸せになれる方法を見つけたよ!。運命になんて流されない、これからはボクが切り開いて変えてやるんだ!。」

それから色んな時間を超えて、自分磨きを楽しんだ。

ボクはボクの世界で、ボクだけを見て、心の隙間と孤独、退屈を埋めていくんだ!。

両手を広げて道を歩けば、そこがボクの…居場所になるんだ!。

「ボクは朔 ルキソス。…ボクを愛する、時間の旅人!。」

衣装を変えるだけで、髪型を変えるだけで、化粧をするだけで、また違うボクになれる。立ち振る舞いや仕草を意識するだけで、印象だって変えられる。

歴史も他人もどうだっていい、もう、興味も失った。どれもこれもがボクを引き立てるために存在しているだけの物。ボクはボクを大切に守るために、そう思うように変わっていった。

この世界はボクの衣装ケース、ボクをうつす鏡なんだ。

そうさ、つらい事なんて一つもなかった。

反乱で燃える城を背景に、堂々と歩いてみる。ボクは炎の赤色も似合う、ああ、解放的で最高の気分だ!!

しぶとくて諦めの悪い王子様。

映画の中の主人公になった気分でスクリーンの中、踊る、踊る。

何度目かも分からない、数えきれない程の時間の跳躍。色んな時代の衣装に囲まれ、ボクは踊り続ける。

でも鏡を見ながら少しづつ悩みはじめた…。

何だか物足りなくなってきたんだ。

カッコつけた作り笑いや、無理やり流す透明の涙…同じ表情ばかりじゃつまらない。バリエーションが乏しい…ボクの姿に飽きてきた。そう思うようになってきたんだ。

足りない、水面にうつるボクの姿だけじゃ、満足なんて出来やしない。

もっと自分を表現したい!

奥底から沸き立つ感情を使って

自然なルキソスを表現したい!

泣く笑う怒る恨む…色んなルキソスを愛おしいと思えるから。時間を超える瞬間に感じる、恐怖心すら可愛らしいと思えるから。また歴史を変えて…いや、物語の展開を変えて、脇役達を動かして関わって、近づいて裏切って裏切られてみたりして、ボクの感情をわざと揺さぶる

寂しくて痛くて辛くて涙することすらもう、その感情や姿…全てまとめて美しくみえた。

ただ、何度挑戦しても愛の物語を表現する事だけは叶わなかった。どうしても他人へ愛を向ける事、向けられること…その心に触れようとすると、怖気づいてしまうんだ。

ボクはとっくに他人を愛する勇気を失ってしまっていたのか…。奥底にある記憶と本心が訴える。寂しい運命に溺れることだけはもう嫌なんだと。

…そんな悲劇的なルキソスもまた素敵だけれど、折角の主人公なのだから…愛し愛され、愛につき動かされる、愛欲に囚われるルキソスの姿も見てみたい。

ああもっとボクの色々な美しい顔と心を見てみたい!

叫び出したくなるほどの喜びや、快楽に溺れたときのボクはどんな顔をするのだろう!

痛み、苦しみ、恐怖に溺れた時のボクはどんな顔をするのだろう!

最期は?死体はどんな顔をするのだろう!

体の中まで見てみたい、内蔵はどんな色をしているのだろう!

色んなシチュエーションで見てみたい…。

もっと、もっともっともっと!

早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く!

ボクを掻き乱して引き立てて!

精一杯自惚れて演じるから

ボクを心の奥底から狂わせて

救ってくれよ!

時間の旅はボクの心を歪めていく。数え切れない罪を重ねていく。それが心地よくて、より深く深くへ沈んでいく。そして揺られているうちに、簡単な答えに行き着いてしまう。

他人のことは愛せない?

自分のことしか愛せない?

自分なら

もう1人いるじゃないか。

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