星のはなびら1章【ひまわりが咲く、きみに捧ぐ】

ピーピー

小さな病室、沢山のチューブ、生かされる体

眠るその人の呼吸音が微かに聞こえる

ひゅーひゅー

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あの時のことは今も体に、頭に、脳内に、熱く、痛く、焼き付いている。

オレは世界でいちばん大切な彼女、「ささめき」をこの手で切り裂き殺めたのだ。

目いっぱいに広がった、その光景。

握りしめていた包丁は手を滑らせカランと音を立てて落ちた。

自分の両手を広げて見つめる。彼女が好きだったバラの花と同じ色が滴る。

(この赤色が、彼女の体に詰まっていたオレへの愛であれば…。)

彼女から吹き出た血は、横たわる彼女だけでなく床、壁、そしてオレの体にも撒き散らされている。それでも、オレの心は落ち着いていた。包丁を拾いあげ、そのまま自分の部屋から出た。用済みのそれと白色だった服をゴミ箱に投げ入れる。

鉄臭くなった青い髪を、体を、シャワーで流し真っ白な服に着替えた。鏡にうつる緑色の瞳…。

ポケットにはライターが入っている。タバコを吸った後、キッチンで水を飲んだ。

(これで大丈夫…)

それから、オレは… …

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…まるで夢から覚めたように意識を取り戻す感覚がした。

見えたのは、青空。

オレはどこかに横たわっているようだった。

「…!?」

慌てて体を起こすと辺り一面ひまわり畑が広がっているのが見えた。

(…夢の中?)

鮮やかな黄色が嫌に眩しい。まだ、彼女を切り裂いた赤色の感覚が残っている。頭がうまく働かない。状況を確認するために、よろよろと立ち上がろうとした

その時。オレの肩に何者かの手が触れた。

「うわぁ!!」

うるさい心臓の音。

振り返るとそこには、大きな黒いマントを身につけた1人の背の高い男が立っていた。

「な、なんだ…あんた!」

「すまん、脅かすつもりはなかったんだ!でも目が覚めてよかったぞ。」

申し訳なさそうに頭をかく男。銀色の髪と瞳。

オレはそれ以上の言葉が出てこなかった。思考停止したオレは、(こいつの靴、でかいなぁ)なんてどうでもいいことに気を取られていた。

「混乱してるんだろ?安心しろ!」

男は楽しそうに、胸を張って話し出す。

「おれが教えてやるから大丈夫だぞ。おれは風禍(ふうが)、この霊界の主だ!」

「れ、霊?」

そして、ふうがと名乗った男は、まるでこれが証拠だと言わんばかりに、自身の足の膝から下を透かして、体を浮かして見せてきた。信じられないオレは、直ぐに男の後ろにまわって見る。…仕掛けは無いようだ。足があったところへ手を伸ばしても、やはり空を切るだけ。楽しそうに辺りを飛ぶ男。

「うわっ気持ち悪っ、オバケじゃん!」

「気持ち悪いとか言うな!ちょっと傷つくだろ。ほら、もっとすげーもの、見せてやるから。」

それからふうがはウインクをしてから、意気揚々と両手を振り上げる。翻ってはためくマント。紫帯びた光がふわりと広がり、辺りに散りばめられる。

そして、木でできた一軒の家がどっしりと現れた。

「好きなものを作り出せる…これが霊界の主の力なんだ、すごいだろ?」

オレは重なる非日常的な光景にぽかんと口を開けていた。

「ま、ここにおれ達用の家がたったんだし、中でゆっくりお茶でも飲んで話そうぜ!お前、名前は?」

「…柚子刄(ゆずは)だけど。」

「オッケー、ゆずはな!よろしくっ。」

家の入口へと駆けて行く男。オレはもう、ついて行くことしかできなかった。

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「部屋の中もちゃんとできてる…。」

「ゆずはの倒れてた所におれの家を持ってきたイメージなんだ。あそこからじゃ見えないくらい遠くにあったからな!まあ、引越しみたいなもんだ。」

「べ、便利だね…」

部屋や家具は例の力でいつでも増やせるらしい。ふうがは木で出来た大きめの机と2人分の椅子を作り出した。向かい合って座る。

「体に変なところとかないか?例えば…頭が痛いとか感覚がおかしいとか。」

「いや、ない、大丈夫…。」

「よかった、飲み物持ってくるから待っとけよ。」

「あ…うん…。」

奥にあるキッチンへ向かった男。冷蔵庫やコンロも見える。

(ヤバい飲み物とか出されたら逃げよう!)

近くの本棚には、ノートやスケッチブック、画材らしきものが詰め込まれている。窓の外は…相変わらずひまわりしか見えない。

得体の知れない男と、異様な光景。

「またせたな!麦茶でいいだろ?」

出された麦茶を恐る恐る口にすると、幻の実家を思い出す様な…要するに普通の味だった。男は牛乳を飲んでいる。そしてひと息ついてから話し出した。

「おれは霊になった後、この霊界で1人でのんびり楽しく暮らしてるんだ。ひまわり畑を探検したり、歌を歌ったり絵を描いたり、本を読んだりしてな。でもおれはここに来てから…それはもう、数えきれないくらいの朝日を見た。」

そう言いながらふうがは本棚から、両手で目一杯のノートを、持ってきた。数冊はバサバサと地面に落としている。

表紙には大きく「ふうが」と書いてある。

受け取った1冊のページをめくると…

正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正

正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正…

「正」の字でぎっしりと埋め尽くされていた。

オレはページをペラペラと捲り、目を落としたままふうがの話を聞いていた。

「…これは朝日を見る事に、書き足してるってこと?」

「そうだ!もう数えてないけどな。つまり、おれはひとりでいるのが流石に退屈になっちまったんだよ。それでお前を連れてきたんだ!」

「…要するにあんたは暇でかまって欲しかったからとかいう雑な理由でオレをこんな所に?」

「そんな言い方をするな!おれは友達が欲しかったんだ!それに、お前を選んだ理由もあるんだぞ」

「へぇ、あんたにお呼ばれされる心当たりなんてないけど…」

「いいか?そもそも…この霊界は死んだやつしか入れないところなんだ。だからおれは、新しく死んだやつを攫ってきて、招待してやることにした。」

「…は?死んだやつ?」

「死」という言葉をきいて、オレはやっと顔を上げてふうがの目を見た。

「ああ。ただ、ここは夢みたいな自由で楽しい生活と引替えに、立ち入ると魂が定着してしまう…つまり、二度とでられない仕組みなんだ。主のおれもな。」

「…。」

ふうがはまっすぐにオレを見て話している。

「普通は死んだあと天国とか地獄とか転生とか…色々選択肢があるだろ?(知らねぇけど。)強制おれと、ズッ友2人きりルート!にされるだなんて、超迷惑な話かもしれないなぁって思ったんだ!ほら、死ぬより不老不死の方が怖い派のやついるし。な、察しただろ?オレは謝るのは嫌なんだ。」

「…なるほど、見てたんだ。オレが人殺しの悪人だから選んだっていいたいんだね?超迷惑でも地獄よりはまし…自業自得ってことで。」

ふうがは目を閉じ、腕を組んでうんうんと大きく頷く。

「でもわからないことがある…オレもあんたと同じ様に死んでるって言いたいの?」

吐き気がする、聞きたくもない。オレは自分が死ぬことをなによりも、恐れていた。こいつはオレがささめきを切り裂いたあの後、何かあったとでもいいたいのか?

バカを言うな、計画通りに、上手く、いったんだよ。な?

全部終わって気がついたらここにいたんだ、心当たりも、なにもない。

ふうがは少し驚いた顔をしている。

「お前気づいてないのか!?は、はっきり言っていいのか?」

「…え、死んでる?」

「死んでるぞ!?ちなみにお前の死因は重い火傷だった。」

「や、火傷!?何を言い出すんだ…。」

「おれは最初から見てたんだって。ここにつれて来れそうな奴探してたんだ。現世の悪人巡りだ…ああ、おれは霊力で、現世をちょっとだけ見に行けるんだぞ!凄く疲れるけど…、まあとにかく火がひろがってさ…それから倒れたお前の体も…ぼぁああああ!!!」

ふうがは椅子の上に立ち上がり、手を大きく動かして火の様子を表現している。

「それから、あっという間に死んだからつれてきた。同性だし、歳も近そうな感じだしいいなーって。」

オレはふと、持っていたライターを思い出す。確かタバコを吸ったな…あの後…?

「信じられないなら、この鏡を貸してやるよ。見たらすぐ返すんだぞ!」

ふうがが取り出したのは30cm程の手持ち鏡。

「その鏡は、本当の姿をうつすんだ。」

ふうがから鏡を受け取り、気を引き締めてからちらりと見やる、その瞬間

「熱!!」

弾けるような熱さが体全体に広がり、貫く感覚がした。ガシャンと大きな音が響く。落とした鏡。恐る恐る、破片をひとつ拾い上げると、まだ、真っ黒に溶けたオレがうつっていた。

落ちた鏡を上から何度も踏みつける。何もうつらなくなくなるまで。気持ち悪い。

「こ、こんなの悪夢だ!!!」

「すすすすまないぃ!ゆ、ゆずは!しっかりしろ!」

ふうがが、オレの手を強く握る。その手はプラスチックの様に冷たかった。

「大丈夫か?」

ふうがが真っ直ぐにオレを見る。動揺し、揺れる瞳を逃がさない。

「いいか、どうせここに来たらもう変わらないんだ!お前はおれに選ばれて、地獄ではなくここに来た…おれ達、良い友達になれたらいいな!!」

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昼は2人でひまわり畑を散策したり、オセロやトランプ、好きなお菓子の話をしたりする。ふうがは食べるものに関しては例の力で材料だけを作り出し、毎食料理していた。お化けのくせに料理が好きらしい。カップ麺生活に慣れていたオレには、薄味で新鮮だった。

夜はオレの好みに合わせて作られた個室のふかふかのベッドで眠る。

朝は2人でノートに「正」の字を一角書く。

本当はふうが曰く、食べなくても寝なくても問題は無いらしい。それでもふうがが毎日を、まるで生きているかのように当たり前に、普通に、そう過ごしている理由は何となくわかる。

…自分を見失わないためだって。

「はぁ…みてよ、ふうが。いつのまにか「正」が4つもできてる。もう20日もここに…だりぃ。」

オレは表紙に「ゆずは」と書かれたノートをふうがに見せつけて言う。

「だりぃって…そうだ!暇ならおれの正の字も数えてみてくれ!」

「嫌に決まってる。」

そして、朝食のオムレツを食べてから、2人で外に出る。

「みろよ、ゆずは!今日も晴天だ!」

「毎日同じじゃん…ここ、雨ってふる?あと、ひまわりはずっと咲いてる感じ?」

「雨はみたいことないな!ひまわりも抜けないし枯れないな、別に綺麗だしいいだろ!」

「…そんな気がしてた。」

「仕方ないだろ、オレは多分ひまわりのお化けなんだ。ひまわりとオレはセット。」

「変なの。」

「ゆずはは何の花なら好きなんだ?」

「花は全部好きだけど強いて言うなら…バラかな。」

「ぶは!かっこつけやがって…おもしろい奴だなぁ。」

ふうがはそう言いながら、オレにぺんぺん草を作り出して投げるように渡してきた。からかっているつもりなのだろう。

「いらね…。」

ただ、風は気持ちいい。ぼーっと立っていると、いつのまにか少し離れたところでブランコに乗っていたふうががオレを呼ぶ。

「ゆずはも来いよ!」

「わかった、今行くから。」

(ブランコとか子どもか…。)

どうせ何も変わらない…ふうがの言葉のままだった。

受け入れたわけじゃない。いったいオレは何をやってるんだろうって、このままじゃいけないんじゃないかって気持ちに、今日も押しつぶされそうで。

でも、結局流されて過ごしている。

「なあ、ゆずは!背中、おしてやろーか?」

「オレは乗らないよ。ていうか、ふうが、漕ぐの下手だな…。」

ふうがの後ろにまわって力強く背中を押せば、

テンションの高い、楽しそうな声が聞こえる。

…ただ、わからないことが、わからない。

オレひとりでは確めようも調べようも何にもない。どうしようもないんだ。

そもそもこの世界には流れる時間とオレとふうがしかない。あとは動かぬ花畑くらいか…。この家も朝食もブランコも、ふうががいなければ、作られなかったもの、無かったものだ。この世界はふうがによって意味を持ち、作られ、彼を中心にまわっている。

それだけは確かだ。

ブランコに揺られる背中へ向けてぽつりと言う。

「なあオレだとこの世界に1人はきついと思う…ふうががいないと直ぐにおかしくなってたよ、多分。」

ふうがからの返事はない。

「きいてた?」

「…ああ聞いてた。ちょっと嬉しかっただけ。それって、おれのこと必要としてて、もう友達だって言いたいんだろ?」

「頑丈なメンタルをお持ちのふうがさんへの皮肉のつもりだったんだけど。」

「ばーか!おれは壊れたりなんかしないぞ!」

ふうがは今もあの、まっすぐな瞳をしているのだろうか。

思い出す。ふうがの書く「正」の字は後ろのページへいくほどに崩れて、読めなくなってきていた。

…オレはふうがに、「もう壊れてるんじゃないか?」とは言えない。

今、問いただすことに意味があるとも思えない。

なあ、何考えてるんだよ。

…もうオレが死んでるって?友達ってなんだ?

オレは…。オレは…。

ふうがの見えないところで、自分の腕にフォークで小さな傷をつけてみたことがあったけれど、血は出なかった。直ぐに塞がる傷を見て、今は、考えることをやめることにしたんだ。

オレは笑っていた。

ブランコは乗ってみれば案外気持ちの良いものだった。

今は、いい。このままでいい。

このままでいいや。

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彼女と出会ったのは、オレが花屋でバイトをしていた時だった。

彼女はいつも平日の夕方に、赤いバラを一本買って帰る。もう半年は来ていると思う。

どこかは分からない高校の制服、珍しい鮮やかな赤い瞳、整った顔立ち。

ある日何気なく声をかけてみた。

「毎日花を買ってくれてありがとう、赤いバラが好きなの?」

それがすべての始まりだった。

「…えっと、好きな人がいるの。」

「へぇ、彼氏さんかい。じゃあいつも、プレゼントしてるのか…。」

「ううん、想いも伝えられてない。」

「片思い…君の想いが届いて、願いが叶うといいのにね。」

彼女が来るのが分かっているから、いつもあらかじめ簡単なラッピングをしたバラを用意している。今日も赤いバラを手渡す。すると彼女は黙り込んでしまった…。

余計なことを言ってしまっただろうか。

それとも、今日のラッピングは気に入らない?

まさか、虫がついていた?花に痛んでいるところがあった?

すると彼女は少し大きな声で言った。

「じゃ、じゃあ叶えてくれる?」

「え?」

「好きなのはあなた。」

瞳と同じ色に火照った頬。赤い瞳を向けて、彼女は続ける。

「最初はただ立ち寄っただけだったのだけれど…あなたのその青い髪がとても綺麗で、私の好きな花を渡してくれる時の大きな手が優しくて、それから…それから…ごめんなさい、いつも会いたくて仕方ない…とにかく好きなの。」

「あ、ありがとう。嬉しいけれど、きっと本当のオレを知ったら失望してしまうと思うよ…ほら、オレの名前も知らないだろう?」

「うん、それでもいいの。本当のあなたなんて、なんでもいい。ただ知りたい。知りたいことだらけよ。」

どうしてオレにそんなことを言うんだ?それが本音だった。

オレはいつも1人でカップ麺を食べることぐらいしか楽しみがない孤独な男だ。

ちなみに人間嫌い、緑色の目は死んだ魚に似ているし…あと、クマが酷い。

(このバイトしかやってないから、金ならないよ?)

彼女は続ける。

「止まらないの。あなたにどんどん狂わされていくみたい…。」

「く、狂わされる?」

「あのね、あなたから買ったバラ、実はね、いつも食べているの。あなたからもらったものだから、大切だから、枯れてしまうところを見るのも怖くて…。」

そう言って彼女は傷だらけの舌を出してみせた。

まさかバラの棘でできた傷だというのか?

それほどに彼女は「オレが好き」だと言いたいのか?

「ねえ 愛されることって怖い?」

…なんてことを言うんだ!!!ああ、怖いさ。怖い、ありえない。

愛なんてこの世に存在しない、オレはそれを知っている。

はずなのに、

彼女のその言葉に、オレは奇妙な高揚感に囚われていた。

挑戦的に、俺の弱さを見透かすように、そんな風に言われたことははじめてだった。心が沸騰したような、体が浮いているような、手足の先に力が入らないようなそんな感覚。

彼女は違う?他の人間とは違う?

オレは気がつくと、力強く彼女を抱きしめていた。

「オレはゆずは。」

「ゆずは、ゆずはっていうのね!私は、捧希(ささめき)!」

オレの今まで堪えていた「何か」が溢れる、こぼれる、もうわからない。

きっと彼女は棘のあるバラの花と同じように、軽い気持ちで触れてはいけない存在だった。狂っていたのはオレも同じだった。いや、狂っていたのはオレだけか?

…今思えばきっと彼女は知っていたんだ。

オレのことを、誰よりも、オレよりも。オレの孤独感を見抜いていたんだ。

それからオレは彼女と色々なところへ出かけた。

夏祭り、プール、ひまわり畑…。3ヶ月間の、幸せな日々の連続。

…悪いのはオレじゃないと

そう、心から思えたらよかった。

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夏の終わり。

ささめきを自宅に連れて、青空を見なくなってからもう1ヶ月が経つ。

テレビでは、行方不明の女子高生を探している様子が連日伝えられている。オレはテレビの電源を切った。誰にも邪魔をされたくない。ひとときも離れたくない。社会から隠れたい。2人の強い願いだった。

昼は2人でスケッチブックに思い出のひまわりの絵を描いたりオセロやトランプ、好きなお菓子の話をしたりする。夜は愛していると伝え合いながら同じベッドで眠り、朝になると、カレンダーの今日の日付に2人で丸をつけた。

丸で埋まった今月のページを捲る。2人で過ごした証。

ただ、オレが彼女といることが世間にバレるのはもう時間の問題だろう。

だけど、この「もう戻れない」というこの感覚が、世間から「切り離された」状況が、生きづらさ、息苦しさを忘れさせてくれる。

オレに執着し、オレに依存し、オレに尽くすそんな彼女に満たされている。

体が軽い。生きている、その事を実感させてくれる。

わからないのはどうしてオレを選んだのかということ。

…理由なんてない?もし会えなくなっても、オレ達は繋がっていられるのか?

愛していると言い合えるのか?その答えだけはわかっている。

「何かしたいことはあるかい、どんな願いも聞いてあげるよ。」

彼女に、バラの花の代わりにあげられるものをひとつでも多くあげたくて、そう聞いたんだ。でもそれは「私を殺してほしい」という願いだった。

「幸せだけじゃ足りないの。あなたの全てを塗りつぶしてしまいたい、愛も希望も後悔も絶望も私だけで!私とあなたのこの感情をずっと変わらない、揺るぎないものにしたい。ねぇ、あなたなら叶えてくれるでしょう?」

「そっか、いいよ、大丈夫、オレが叶えてあげる。」

それが揺るぎのない、永遠の愛だというのなら。愛する君の願いなら。

空っぽだったオレにはもう、失うものは無い。

君しかないのだから。

(一緒に死のうとは言ってくれないんだね…)

オレの心は冷静だった。

冷静だったんだ。

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晴天とひまわり畑…

ノートの「正」の字は20個を超えた。今日の朝食はフレンチトースト。楽しそうに頬張るふうがを見ながらオレも口へと運ぶ。甘い。生クリームが合わさって、より優しい味がする。相変わらず料理が上手い。

「うまいだろ!昨日のパンケーキとどっちが好きだ?」

「別に全部美味しいよ。」

「ふふーん、当たり前だろ。」

得意げに笑うふうが。そんな日常。流れるように過ぎていく時間。

オレは今日も、「今日こそは」を重ねていた。

何事もなく、食べ終わった皿を重ねてキッチンへ運ぶ。

「おっ、ありがとう!」

皿を洗っていると、ソファに座っているふうがの後ろ姿が見えた。

その時だった、ふうがの、彼らしくない言葉がぽつりと聞こえたのは。

「なあ、ゆずははおれのことをもう、友達だって思ってるんだよな?」

「…」

どうしよう、どうして今、そんな事を言う?

きっとそれも、何気ない出来事、日常の一欠片にすぎなかったんだ。

本当はオレは…この世界のことを、ふうがのことを、だれよりも知っている。

「…ゆずは?え、おれまだ信用されてないの!?まあ、まだ友達じゃないなら…べつに、もっと、頑張るけどさ、はは。」

少し残念そうに、でも誤魔化すように笑う。オレは拳をぎゅっと握った。

このまま流されていてはいけないんだ。

オレは打ち明けることにした、オレの隠し事を、心の中を。友だちになれない訳を。

きっと、今日が、今が、その時なんだ。

「…ふうが。言わなければいけないことがある。」

「え、何かあったのか?」

少し不安気な様子で慌ててキッチンへかけてくる。ふうがの二の腕をぐっと掴む。

「…ゆずは?」

オレははじめから全部知っていた。

オレは本当は死んでいないことも、

ここは本当はオレのみている夢の中、心の中の世界だってことも、

ふうがが…本当は、ささめきだったんだってことも。

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